大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ワ)400号 判決 1995年12月01日
原告(平成三年(ワ)第三九三号事件) 甲野太郎
<ほか一〇名>
右一一名訴訟代理人弁護士 武田忠嗣
同 今村峰夫
同 松田敏明
被告 本傳寺
右代表者代表役員 豊田広栄
<ほか一名>
右二名訴訟代理人弁護士 松本健男
同 西村文茂
主文
一 被告らは、連帯して、原告らに対し、次の各金員及びそれらに対する平成三年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
1 原告甲野太郎 金二〇万円
2 原告乙山一郎 金二〇万円
3 原告丙川春子 金二〇万円
4 原告丁原夏子 金二〇万円
5 原告戊田二郎 金二五万円
6 原告甲原秋子 金二五万円
7 原告乙田冬子 金三〇万円
8 原告丙野三郎 金四〇万円
9(一)原告丁山松子 金一〇万円
(二)原告丁山四郎 金五万円
(三)原告甲田竹子 金五万円
二 被告本傳寺は、原告久保善通に対し、金二万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの各その余の請求をそれぞれ棄却する。
四 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して、原告甲野太郎、同乙山花子、同戊田二郎、同乙田冬子、同甲原秋子、同丙川春子、同丁原夏子及び同丙野三郎各自に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成三年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 被告らは、連帯して、原告丁山松子に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告丁山四郎及び同甲田竹子各自に対し、金二五万円及びこれに対する平成三年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 被告本傳寺は、原告戊田二郎に対し、金二万六〇〇〇円及びこれに対する平成三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 遺骨の一部を返還不能にしたことによる慰謝料請求について
(一) 当事者
(1) 原告ら(原告丁山松子、同丁山四郎及び同甲田竹子については、訴訟承継前の原告亡丁山松夫。以下本項において同じ。)は、それぞれ、別紙一覧表「故人(続柄)」欄記載の者と同欄記載の関係にあり、平成二年当時、同欄記載の者の各遺骨(以下「本件各遺骨」という。)の所有権を有していた。
(2) 被告本傳寺は、日蓮正宗の宗教法人であり、大阪府知事の許可を受けて納骨堂を経営し、他人の委託によって焼骨(遺骨)を収蔵、保管している。被告豊田広栄(以下「被告豊田」という。)は、被告本傳寺の代表役員兼住職であり、被告本傳寺の納骨堂の管理者である。
(二) 本件各遺骨の寄託
原告らは、それぞれ別紙一覧表「寄託日」欄記載のころ、被告本傳寺に対し、本件各遺骨を返還時期の定めなく保管料を遺骨一体につき年額一〇〇〇円の約定で預け、被告本傳寺は、それらを受領して前記納骨堂において保管してきた。
(三) 被告らの債務不履行及び不法行為
(1) 平成二年六月、兵庫県氷上郡氷上町に創価学会関西池田記念墓地公園(以下「関西墓園」という。)が新たに開設されることになり、原告らはいずれも、本件各遺骨を被告本傳寺から関西墓園に改葬(遺骨全部を移転することをいう。)しようと計画した。そこで、原告らは、別紙一覧表「返還請求日・返還日」欄記載のとおり、同年七月ころから同年一一月ころまでの間に、被告本傳寺に対し、右各遺骨の返還を求めてその返還を受けたが、被告豊田あるいは同人の意を受けた被告本傳寺の僧侶ら(以下「被告豊田ら」という。)は、原告らに各遺骨を返還するに際し、本件各遺骨(道脇浩の遺骨を除く。)の一部を取り分けて(これを「分骨」という。)それらを返還しなかった上、本傳寺に留め置いた遺骨(以下「残骨」という。)を他人の遺骨と共に前記納骨堂内の永久納骨所内に納めた(これを「合葬」という。)。そのため、原告らは、本件各遺骨の一部しか返還を受けることができず、合葬された各残骨は特定不能となってその返還を受けることができなくなった。
(2) 右分骨、合葬処分に加え、原告乙田冬子、同甲原秋子、同丙野三郎及び承継前原告丁山松夫については、被告らが前記の遺骨寄託時から返還時までの間にそれぞれ各遺骨(原告甲原については甲原秋夫の遺骨)の一部を合葬処分したため、その部分も返還を受けることができなくなった。各原告の個別事情は以下のとおりである。
(原告乙田)
父母の遺骨を巾着に入った高さ二〇センチメートル弱の骨壺二個にそれぞれ入れて預け、骨壺は返還時も同じだったが、遺骨はいずれも粉状でスプーン一杯程度しかなかった。
(原告甲原)
夫の遺骨を大小二個の骨壺に入れて(大きい骨壺一杯に大腿骨など大きな遺骨を、小さな骨壺には喉仏など小さな遺骨を入れて)預けたが、返還時にはプラスチック製の小さな骨壺に代わり、遺骨も喉仏等の塊が五、六個と粉々の遺骨だけになっていた。
(原告丙野)
父の遺骨を中型の白色陶器製の骨壺に入れ、他の親族五人の遺骨を大きな陶器製の骨壺三個に入れて預けたが、返還時にはいずれもプラスチック製の小さな骨壺に代わり、遺骨も大幅に減少していた。
(承継前原告丁山)
母の遺骨を通常の骨壺の二、三倍の大きさの素焼きの骨壺一杯に入れて預けたが、返還時にはプラスチック製の小さな骨壺に代わり、遺骨も半分以下になっていた。
三 被告本傳寺の責任
被告本傳寺は、納骨業務を行う寺院として、寄託を受けた遺骨については、寄託者ら遺族の宗教的感情を害することのないよう、宗教的慣習ないし社会通念に照らして適切な方法で保管し、返還時には原状のまま返還すべき義務を負っているものであるところ、被告本傳寺のなした右(1)、(2)記載の本件各遺骨の分骨及び合葬処分は、原告らとの間の寄託契約上の善管注意義務又は返還義務に違反する債務不履行であり、かつ、本件各遺骨に対する原告らの所有権及び遺族として原告らが故人に対して抱いている敬愛追慕の情を侵害する不法行為である。
(4) 被告豊田の責任
被告豊田は、被告本傳寺の納骨堂の管理者として、同所に寄託された遺骨については右同様の義務を負っているところ、右(1)、(2)記載の本件各遺骨の右分骨及び合葬処分は、本件各遺骨に対する原告らの所有権及び遺族として原告らが故人に対して抱いている敬愛追慕の情を侵害する不法行為である。
(四) 原告らの損害
原告らは、被告らによる本件各遺骨の分骨及び合葬処分によって、それぞれ、遺骨に対する宗教的感情、すなわち死亡した親族に対する敬愛追慕の情を侵害され、精神的苦痛を受けた。
そして、原告らの右精神的苦痛に対する慰謝料の額は、各自一〇〇万円が相当である。
(五) 承継前原告丁山松夫は、平成三年六月二五日に死亡し、原告丁山松子はその妻であり、原告丁山四郎及び同甲田竹子はいずれもその子である。
2 遺骨保管料の不当利得返還請求について(原告戊田二郎につき)
(一) 原告戊田二郎は、被告戊田に対し、平成二年一〇月二〇日、原告久保の母亡戊田マツの遺骨保管料(一年当たり二〇〇〇円、昭和三九年一二月一九日から平成二年一二月一八日までの二六年間分)として、金五万二〇〇〇円を支払った。
(二) しかし、遺骨保管料は一年当たり一〇〇〇円であるから、被告本傳寺は、合計金二万六〇〇〇円を不当に利得している。
3 よって、原告らは、被告らに対し、不法行為(被告本傳寺に対しては更に債務不履行)に基づく損害賠償請求として、原告甲野太郎、同乙山花子、同戊田二郎、同乙田冬子、同甲原秋子、同丙川春子、同丁原夏子及び同丙野三郎においては各自金一〇〇万円、原告丁山松子においては金五〇万円、原告丁山四郎及び同甲田竹子においては各自金二五万円及びこれらに対する不法行為の後である平成三年六月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、さらに、原告戊田は、被告本傳寺に対し、不当利得返還請求権に基づき、過払いの保管料金二万六〇〇〇円及びこれに対する履行の請求の後である平成三年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)(1)の各事実については、原告丙川が乙川ハナの遺骨の所有権を有すること、原告乙田が乙原冬夫及び乙原フユの各遺骨の所有権を有することは否認し、原告丙野が丙野大三郎、ナツ、一夫、二夫、アキ及び三夫(以下「丙野大三郎ら」と総称する。)の各遺骨の所有権を有することは不知、その余の事実は認める。
2 同1(一)(2)の事実は認める。
3 同1(二)の各事実については、寄託日と一部寄託者の点を除いて認める。乙川ハナの遺骨は乙川春夫が、乙原冬夫及び乙原フユの各遺骨は乙田秋夫が、丁原ウメの遺骨は丁原梅夫が、丙野大三郎らの遺骨は丙野月子がそれぞれ被告本傳寺に預けた。
4 同1(三)(1)の事実については、乙山一郎、乙川ハナ及び甲原秋夫の各遺骨を分骨、合葬したことは否認し、その余は認める。乙山一郎及び甲原秋夫の遺骨は火葬許可証と共に預かっており、乙川ハナの遺骨は既に分骨されたものを預かっていたので、いずれも返還時には分骨せずに寄託時のまま遺骨を返還した。
5 同1(三)(2)の各事実のうち、原告甲原、同丙野及び承継前原告丁山について預かった骨壺が大き過ぎて管理に支障があったため遺骨を小さなプラスチック製の骨壺に入れ替えたことは認めるが、その余は否認する。
6 同1(三)(3)、(4)、同1(四)の事実ないし主張は争う。
原告乙山は、乙川春夫が乙川ハナの遺骨を預けて以来返還時までの一〇年間納骨料を滞納していた。原告戊田は、戊田マツ及び菊夫の各遺骨を預けて以来返還時までの二六年間納骨料を滞納していた。原告甲原は、水子の遺骨の納骨料を返還時まで一七年間滞納していた。納骨料を一〇年以上滞納した場合は、被告らにおいて遺骨を無縁仏として永久納骨所で合葬処分することができるから、右各遺骨については返還義務がない。また、遺骨の一片たりとも他人の遺骨と合葬してはいけないという考えは日蓮正宗にはない。
7 同1(五)の事実は認める。
8 同2(一)の事実は認める。
9 同2(二)の事実のうち、遺骨保管料が従前年額一〇〇〇円であったことは認めるが、その余の主張は争う。被告本傳寺は慣習上又は条理上認められる権限に基づき平成二年四月一日から遺骨保管料を一体につき年二〇〇〇円に変更しており、かつ、本件においては、原告戊田の滞納期間が二六年にも及び、右変更後の額を遡及適用しても滞納なく納めていた場合と比較して経済的負担はむしろ軽いと考えられ、増額した遺骨保管料を遡及的に適用して二六年分五万二〇〇〇円の支払を受けることは不当ではない。
三 抗弁(請求原因1について―分骨、合葬についての同意)
本件各遺骨(一部を除く。)の返還に際して行った分骨、合葬処分は、火葬許可証のない遺骨について遺骨の移転手続を簡便にして原告ら信徒の便宜を図るためのものであり、被告豊田ほか被告本傳寺の僧侶らは、本件各遺骨の返還に際し、分骨証明の関係で便宜上遺骨のごく一部を分骨し本傳寺に永久合葬することを説明しており、原告らは、被告豊田らによる右分骨、合葬に同意して分骨証明書の申請者欄に捺印の上これを受領したのであって、残骨の所有権ないし返還請求権を放棄している。
四 抗弁に対する認否
否認する。遺骨返還請求時から返還までの被告豊田らの対応は、別紙一覧表の「遺骨返還までの経緯」欄記載のとおりであり、分骨することについて何ら説明を受けなかった原告らはもとより、分骨したことを遺骨返還時に知っていた原告らも、被告豊田らの言動に畏怖するなどして抗議しなかったにすぎず、分骨することについて同意していない。分骨証明書の申請者氏名欄の押印は被告豊田らが勝手にしたことである。さらに、原告らはいずれも、合葬については全く説明されておらず同意したことはない。
第三証拠《省略》
理由
第一遺骨の一部を返還不能にしたことによる慰謝料請求について
一 請求原因1の各事実について
1 請求原因1(一)(1)の各事実のうち、原告乙山、同乙田及び同丙野がそれぞれ関係の本件遺骨の所有権を有することは、《証拠省略》によって認められ、その余の事実は当事者間に争いはない。
2 請求原因1(一)(2)の事実は当事者間に争いはない。
3(一) 請求原因1(二)の各事実は、寄託日の点並びに乙川ハナ、乙原冬夫、フユ、丁原ウメ及び丙野大三郎らの各遺骨の寄託者の点を除き、当事者間に争いはない。
(二) 本件各遺骨の寄託年月日は、別紙一覧表「寄託日」欄の括弧内記載のとおりであると認められる。
(三) 乙川ハナの遺骨については乙川春夫(ハナの長男、原告乙山の弟)が、乙原冬夫、フユの各遺骨については乙田秋夫(原告乙田の夫。ただし、同人は乙原冬夫、フユと養子縁組していない。)が、丁原ウメの遺骨については丁原梅夫(ウメの夫、原告丁原の父)が、丙野大三郎らの遺骨については丙野菊子(大三郎の妻、原告丙野の義母)がそれぞれ寄託者(祭祀の承継者や遺骨の所有者とは必ずしも一致しない。)であると認められる)。したがって、右各遺骨につき関係の原告らがこれらの寄託者の地位を承継した旨の主張がない以上、これらの遺骨について被告本傳寺の寄託契約上の債務不履行を主張する点は、既に失当である。
4(一) 請求原因1(三)(1)の各事実については、乙山一郎、乙川ハナ及び甲原秋夫の各遺骨を分骨、合葬したとの点を除き、当事者間に争いはない。
(二) 乙山一郎及び甲原秋夫の遺骨について被告本傳寺が返還の際に分骨、合葬したと認めるに足りる証拠はない。かえって右両遺骨については被告本傳寺が火葬許可証と共に預かっていたところ、返還の際にこれを分骨せずに返還したことが認められる。したがって、右両遺骨について返還の際に分骨、合葬処分したことに基づく原告乙山及び同甲原の請求部分は理由がない。
(三) 乙川ハナの遺骨は被告豊田が返還の際に分骨、合葬したと認められ、右認定に反する証拠はない。
5 《証拠省略》によれば、請求原因1(三)(2)の各事実が認められる。被告豊田本人の供述中、遺骨が少なくなったというのは原告らの単なる思い違いであるとの部分、その他右認定に反する部分は、前掲各供述ないし陳述の内容が具体的であるのに対し、必ずしも首尾一貫しないことなどに照らし採用できず、その他には右認定に反する証拠はない。
二 抗弁(分骨、合葬についての同意)について
1 被告らによると、改葬手続をとるためには、①寺から収蔵(納骨)証明書をもらう、②市役所で改葬許可申請書をもらう、③再び寺に来て必要事項を記入してもらう、④市役所で改葬許可証を発行してもらう、⑤三度寺に来て改葬許可証を示し遺骨を受け取るという煩雑な手続きが必要であるのに対し、分骨手続なら、寺で遺骨の引取りを申請し、約一週間後遺骨を引取りに来れば足りるので、遺骨の移転手続を簡便にして原告ら信徒の便宜を図るために、その了解を得た上で分骨、合葬を行ったものであって、それでも改葬を希望した者に対しては改葬許可証を発行しているという。
2(一) ところで、本件では、原告らが、前記認定の火葬証明書によった乙山一郎及び甲原秋夫の遺骨を除く各遺骨につき、申請者の氏名欄に自己らの氏名の記載と押印がある分骨証明書を被告本傳寺から受け取り、それによって関西墓園に本件各遺骨(乙山一郎及び甲原秋夫の遺骨を除く。)を納骨していることは、当事者間に争いがなく、原告らの中には、「分骨証明書」を被告豊田らから差し出された際にその意味を尋ねたり苦情を述べたりする行為に出ないままこれを受領した者(原告乙山関係の乙川桜子、原告戊田、同甲原、同丙川、同丁原、同丙野三郎関係の丙野桃子)もおり、一般に「分骨」の意義の理解は比較的容易であることを合わせ考えると、原告らが分骨証明書を受領したことは、原告らが少なくとも被告らの分骨処分を了解ないし容認したものと一応推認すべき事情といえ、かつ右に沿う被告豊田本人の尋問結果も存在している。
(二) しかしながら、
(1) そもそも祖先ないし死者崇拝の対象として象徴的意味を有する遺骨というものの性質上、遺骨を分割して保管する分骨やさらにはこれを他人の遺骨と混和させてしまう合葬は、特別の必要が認められる場合にのみ行われる例外的な遺骨保管(合葬してしまうと再び当該遺骨を取り出すことは不可能であるから保管というより処分というべきであろう。)方法であると認められるから、当時日蓮正宗と原告らの所属する創価学会との間でなお信頼関係が保持されていたことを考慮しても、遺族が単に手続の手間を省くために分骨や合葬に同意するということ自体、普通あまり考えられない事態とみてよい。したがって、このような分骨さらには合葬について同意があったというためには、「分骨」が一般的な意味とは違い、改葬手続の煩雑さを避けるために行う便宜的処置で、当該遺骨のほんの一部を取り分けること、「分骨」された遺骨はごくごく一部でもはやそれ自体を独立にあるいは特定して保管することは困難であり、当然ながら他の同様に取り分けられた「骨」と一緒にされ、後になってそれを取り出すことは不可能になる運命のものであることを十分説明し、遺族らがその意味を十分理解したことが必要といわなければならない。
これを本件についてみると、《証拠省略》によれば、平成二年四月から平成三年三月までの間に被告本傳寺から収蔵証明を得て関西墓園に改葬した者はわずか一七件にすぎず、特に平成二年七月以降はたったの二件しかないこと(《証拠省略》によると同年一二月までの遺骨移転者は三〇〇名以上に上る。)、特に改葬許可申請書を被告本傳寺まで持参するなど被告豊田らに改葬の意思を明示し、その後分骨手続を採るのと改葬手続きを採るのとでさほど手間も変わらないはずである原告甲野、同乙田、同丙川及び同丁原の場合でも、改葬手続が受けられずに分骨手続を採られていること、原告らや原告らに依頼されて遺骨返還を受けた者らを含め被告本傳寺から関西墓園に分骨証明書によって遺骨を移転した者の中には、被告らの威圧的ないし高飛車な対応に憤慨した者や、関西墓園から指摘を受けるまで分骨されていることを認識していなかった者が少なからず存在すること、ましてや合葬処分されていたことについては本件訴訟の過程において初めて認識したというのがほとんどの実情であるといえること、分骨証明書の申請者の氏名欄に原告ら名義の署名押印があり、右署名押印そのものは原告らの同意を得た被告らがこれを代行したもので有効には違いないけれども、原告らがこれについて熟慮検討を経た上に作成されたものとは到底いえないこと、しかも合葬については原告らが同意した旨記載された書面がないこと、被告本傳寺では大きな骨壺に入った遺骨を管理の必要上寺の小さな容器に移し替えることがしばしばあったが、その際被告豊田は遺骨を棒状の物で粉々にするなど極めて杜撰かつ粗暴な扱いをしていたこと(戊川五郎の陳述書はその性質上証明力は高いとはいえないが、内容の具体性や他の証拠との整合性に照らすと相当の信用性を認めることができる。)などの事実が認められ、これらによれば、被告豊田らが原告らに対し分骨や合葬をすることについて同意を得るに十分な説明をしたとは到底認めることができず、むしろ、被告らは、自寺院又は自己の都合のために、改葬したいという原告らの希望を威圧的、一方的に拒否し、強引に分骨、合葬を行ったのであり、他方、原告らは、遺骨の移転手続について知識不足、僧侶である被告豊田らに対する遠慮や怖れ、あるいは移転手続をスムーズに完了したいとの思いなどから、やむを得ず被告豊田らの処理に従ったにすぎないものと認められる。なお、特に原告甲野の場合は現に返還されない遺骨の所在を尋ね、少し寺に残してあると返答されたのに残骨の返還要求をしていない(当事者間に争いがない。)が、やはり更に苦情を述べるのを控えたにすぎない。
(2) そして、《証拠省略》に照らして採用できない。
(三) そうすると、前記(一)の事情があるからといって、原告らが被告らのなした分骨、合葬処分につき同意したものとはいえず、その他にはこれを認めるに足りる証拠はない。
三 被告らの責任について
1 被告らは、納骨業務を行う寺院あるいはその納骨堂の管理者として、預かった遺骨については、その所有者ら遺族の宗教的感情を思いやりそれらを害することのないよう、宗教的慣習や社会通念に従って適切かつ丁重に保管し、返還の際にはできる限り原状のまま返還しなければならないのは当然のことである。被告らは、遺骨保管料を一〇年以上滞納したことのある一部原告らについては遺骨の返還請求権が消滅している、あるいは、ごく微量の遺骨を合葬すること自体日蓮正宗の宗教慣習上取るに足らないことであるかのごとき主張をするが、右主張を認めるに足りる証拠がないばかりか、遺骨保管料の滞納については遅くとも遺骨が現に返還されるまでに完納されており(当事者間に争いはない。)、右主張は失当である。
2 以上によれば、被告らは、原告らが所有権を有する本件各遺骨(乙山一郎の遺骨を除く。)を原告らに無断で分骨、合葬し、遺骨の一部を返還不能にしてその所有権を侵害し、かつ、遺族として原告らが故人に対して抱いている敬愛追慕の情という人格的法益を侵害した。したがって、被告らは、右不法行為(民法四四条、七〇九条。被告本傳寺は一部原告に対しては債務不履行でもある。)に基づき、原告らに生じた精神的損害を賠償する義務がある。
四 原告らの損害について
原告らはそれぞれ祭祀を主宰する者として本件各遺骨(乙山一郎の遺骨を除く。)の所有権を有し、いずれも故人と近親関係にあった者である。そして、同一の宗教(日蓮正宗)を信仰しているのであるから、遺骨という故人の象徴的存在に対する宗教的感情(敬愛、追慕の情)にもある程度の共通性があると考えられる。もっとも、原告らと故人との関係を子細にみれば、あるいは父母であり、夫であり、子であるなどの違いがあり、死去してからの時間経過や遺骨の数などもそれぞれである。更に、供養に通う頻度も違ったであろうし、被告らが指摘しているように遺骨保管料(納骨冥加料)を長期にわたり滞納していた原告もいる(もっとも、久保政恵の分を除きいずれも遺骨の返還を求める以前に完納している。)。被告らに処分された遺骨の量も精神的損害の大きさに全く無関係とはいえないだろう。そこで、これらの諸事情を適宜勘案すると、各原告について、本件不法行為(ないし債務不履行)に基づく精神的損害に対する慰謝料として、以下の額が相当であると認められる。
(原告甲野太郎、同乙山花子、同丙川春子、同丁原夏子) 各金二〇万円
(原告戊田二郎、同甲原秋子) 各金二五万円
(原告乙田冬子) 金三〇万円
(原告丙野三郎) 金四〇万円
(原告丁山松子) 金一〇万円
(原告丁山四郎、同甲田竹子) 各金五万円
第二遺骨保管料の不当利得返還請求について(原告戊田につき)
一 請求原因2(一)の事実は当事者間に争いはない。
二 遺骨保管料が平成二年三月まで年額一〇〇〇円であったことは、被告本傳寺が自認するところである。被告本傳寺は、その後二〇〇〇円に増額した遺骨保管料を昭和三九年一二月一九日まで遡及して適用する理由をるる述べるが、いずれも正当な理由とは認められない。もっとも、平成元年一二月一九日から平成二年一二月一八日までの分は、この期間内に支払えば足りるけれども、右期間内に増額された場合には増額後の金額を支払う扱いであり、その扱いは不当とはいえない。原告戊田は、右期間の遺骨保管料を増額後の同年一〇月二〇日に納めているから同期分として年二〇〇〇円を支払うべきである。よって、原告戊田が昭和三九年一二月一九日から平成二年一二月一八日までの戊田マツの遺骨保管料として支払うべき額は、二万七〇〇〇円であると認められるから、被告本傳寺は二万五〇〇〇円を不当に利得している。したがって、原告戊田の請求は二万五〇〇〇円(及びその遅延利息)の支払を求める限度で理由がある。
第三結び
以上によれば、原告らの本訴請求中、原告らの慰謝料請求については前記各相当額及びこれに対する不法行為の後である平成三年六月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、原告戊田の不当利得返還請求については金二万五〇〇〇円及びこれに対する請求の後である平成三年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、それぞれ理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 糟谷邦彦 裁判官 森野俊彦 景山太郎)
<以下省略>